<   2004年 05月 ( 17 )   > この月の画像一覧

5/19

いよいよAlbany撤退の日だ。朝9時の飛行機の乗る予定だったのだが、この日にやはり日本に帰るアイコ/イッコウのクルマに乗せてもらってAlbany International Airportに行った。彼らは7時の飛行機に乗るため5時半ころに空港についている必要があったのだが、僕はそれほど早く行く必要はない。しかしながらスーツケースを二個もっていること、Albanyでのタクシー事情の悪さなどを考えると、一緒に乗せていってもらうほうが得策と考え、乗せていってもらった。僕にはもう当面は必要ない、クオーターを彼らに譲った。
アイコ/イッコウはコンチネンタル、僕はユナイテッドに乗った。ユナイテッドのチェックインゲートはとても混んでいたが、コンチネンタルはそれほど混んでいなかったため、彼らは先に搭乗口に向かった。僕も終わりしだい搭乗口へ行き、そこで挨拶することになっていたのだが、ユナイテッドのチェックインはとても時間がかかり、結局7時出発の彼らと空港の中であうことはできなかった。彼らが乗った飛行機を見ることはできた。コンチネンタルの小さな飛行機。これに乗って彼らはNewarkに行き、11時の東京行きの飛行機に乗る。
僕はといえば、9時まで待たなくてはならなかった。待っている間最近サボっていた日記を書いたりしていた。空港の建物は冷房が効きすぎていてとても寒かった。
AlbanyからChicagoに行き、そこで東京行きに乗り換える予定だった。シカゴの空港はとても広く、搭乗口まで相当歩いた。結果的にあれほど歩くのならシャトルバスを使えばよかったとも思ったが、そんなことは歩き始めたときにはわからなかった。歩いていけるように案内板表示があったためだ。
搭乗口にたどり着き、搭乗券をもらおうとすると、ここも長蛇の列だった。しばらく待ってチケットを渡すと、「今オーバーブックの状態で、席が決まらない」といわれた。しばらく待ってくれ、といわれて待っていると、すぐに中国人らしき従業員が話しかけてきた。別なフライトに乗ってくれないか、という。別に急ぐ旅でもないが、あんまり長い時間を待つのはいやなので、どれくらい待つのか、と聞くと、55分後だという。それなら構わないが、ビジネスクラスにしてくれ、と頼んだ。それに対する答えは、可能な限り努力するが、もうひとつのフライトもいっぱいだから約束はできない」といわれた。しかしこの時点で55分後の飛行機に乗ることだけは確定した。
搭乗口が変わって、改めて搭乗券をもらおうとすると、さっきと同じことを言われた。「オーバーブックだからちょっとまってくれ」という。「でも僕はすでに予定を変更してここに来たんだよ?」というと、「わかっています」という。ビジネスクラスにして、と頼むと、努力するが、もしかしたらエコノミーになってしまうかもしれない、といわれた。
結局、エコノミーの席が僕にあてがわれた。その代わりに何かしてくれないか、と頼みに行くとすんなりと、600ドルのトラベルクレジットをくれた。次回ユナイテッドで旅行するときに使うことができる。55分待っただけで600ドル、時給600ドル、悪くない。
飛行機に乗り込んだあと、なかなか離陸しなかった。理由は「空が混んでいるから」そういえばシカゴ空港は世界でも有数の離発着数を誇る空港だったはずだ。結局離陸したのは定刻の40分以上あとだった。
ひとたび離陸すると、日本までは快適だった。乗務員はアジア系の人が多かったため、日本語で話しかけて実は中国人で全く通じない、ということを2度経験した。
成田に到着し、さんざん歩かされた挙句に、ようやく入国審査を受けた。入国審査といってもなにもしない。ただ僕のパスポートにスタンプを押すだけだ。
嫌な予感が的中した。2つ預けたはずのスーツケースが、ひとつしか出てこない。シカゴで飛行機を乗り換えたため、ひとつのスーツケースはそのままシカゴに忘れられてしまったようだ。しかしもともと成田についたらひとつは宅配便で送るつもりでいた。スーツケースを二個持って電車になど乗れるものではない。はやければあさって家に届ける、ということなので、それならばスーツケース宅配代金が無料になったようなものだ。
久しぶりの日本はとても涼しかった。ここ数日Albanyは暑かったので、余計にそう感じたのだろう。
[PR]
by yskwtnb | 2004-05-26 13:30

5/17

午前10時にイッコウとひろちゃんと3人でテニスをした。イッコウの家で昼ご飯をご馳走になり、そのあと僕は家に戻った。ゆみちゃんが、うちにあるこまごましたものがほしいというので、家にきてもらって品定めしてもらった。だいぶたくさんのものを持っていってもらえそうだ。今となっては、無料でいいから持っていってくれるとありがたい、という気分になる。もっとも、ハンガーやら洗剤やら、そういったこまごましたものを友だちに売ろうなどという気持ちはサラサラないが。
そのあとアビジの家に行き、パーティをした。アビジの友だちたちがやってきていて、その大半は留学生だったが、クリスも来た。今日ようやく公式にわかったことだが、クリスとサラは付き合っているようだ。クリスに挨拶すると、「遅いじゃないか、2回も電話したぞ」といわれた。家に帰って留守電をきくと、”Hey Yoshiki, where are you?”と酔っ払ったクリスの声が録音されていた。
今日のパーティはとても楽しかった。日本人ではゆうこちゃんとカンジが来ていた。アビジの友達たちは結構、僕のことを知っていた。アビジからきいている、という。以前にヒラリークリントンのサイン会に行ったときに会ったドイツ人もいた。彼は僕の名前を覚えていて、会うなり「Hey Yoshiki, how are you?」と話し掛けてきたが、僕は名前を思い出すことができなかった。
9時頃から2時くらいまで飲み会をしていた。このパーティがクリスとAlbanyで会う最後のチャンスだったから、名残惜しいが、いろいろと挨拶し、握手し、ハグし、そして別れた。もちろんこれから連絡は取り合わなくてはならない、と話をした。同様のことをアビジ、エコ、バニーなどとも話した。
[PR]
by yskwtnb | 2004-05-26 13:30

5/16

ユカが帰るために、NYCまで送っていくことにした。NYのポートオーソリティは、朝治安がよろしくないということ、Newark行きのバス乗り場が夜間早朝はわかりにくいということを昨日の飲み会でみんなに言われたため、送っていくことにした。3時半のバスに乗ろうとおもい、じゅんいちを起こし、車に乗せていってもらった。しかし3時半のバスは、モントリオールから来るバスで、すでに満席で乗ることができないといわれた。次のバスは5時半だ。二時間もあり、また、11時Newark発の飛行機に間に合うか少し不安なところもあるが、待つ以外になかった。バスを待っている間僕はずっと寝ていた。
5時半のバスは8時20分ころNYCについた。そのままNewark行きのバスにのり、空港についたのは9時ころだった。これならば十分の時間で、余裕をもって乗ることができただろう。
僕はその後NYに戻り、吉野屋で牛丼を食べた。NYで食べる牛丼はおそらくしばらくの間はこれが最後といえるだろうし、日本でもまだ食べられないはずだ。Bookoffで立ち読みをし、午前11時半のバスに乗ってAlbanyに帰ってきた。
Albanyに帰るとアイコの友だちのロバートが来ていたので、一緒に晩御飯を食べに行った。ロバートはアメリカ人だが、日本人とアメリカ人のハーフで、普通に日本語を話す。父親はNavyにいたらしく、佐世保に4年間住んだことがあるといっていた。
メキシカンを食べに行った。わざわざクリフトンパークに行き、おいしいというメキシカンに行ったが、僕には違いがわからなかった。
ようやく本腰を入れて荷造りをした。
[PR]
by yskwtnb | 2004-05-26 13:29

5/15

卒業式!2年間のMBAプログラムが今日で終わり、晴れてMBAの学位を授与された。卒業証書はあとから日本に郵送されるので、今日もらったものは簡単な「卒業おめでとう」と書かれた紙だけだった。これをリボンで結んだものをプレジデントから一人ずつ渡された。
卒業式は9時からだったが、ぼくらMBAのクラスは8時に集合することになっていた。じゅんいちは卒業式で日本の国旗を持つという仕事があったため、やはり8時に行かなくてはならなかった。それなのでじゅんいちのクルマに乗せてもらい、学校に行った。
さすがに8時前だとまだそれほど駐車場も混んでいなかった。
コメンスメントの会場はRACCだったが、この在学中の二年間、足を踏み入れたことはなかった。ユカには先に会場にいっていてもらい、僕は卒業生の控え室のある建物にいった。すでに何人かのクラスメート達がきていて、ガウンの着方についてあーでもないこーでもないと話をしているところだった。この控え室でも、だいぶたくさんの写真を撮った。サンジェイと二人でも撮った。これらの写真は友達達にとってもらったため、あとからもらわなくてはならない。
卒業式の会場には、クラスメートたちが固まって入場した。卒業式はまずPhDの学位授与から始まり、そのあとがMaster’sだった。一人一人名前を読み上げて卒業証書にかわる簡単な紙(卒業証書は後から郵送だ)を渡され、そのあとアメリカ国旗の前で写真を撮った。これらの写真もあとから学校からもらえる(いや、買える)そうだ。
その簡単な紙を渡され、中央のアイルを通って席に戻る途中、サンジェイがいたので握手をし、挨拶をした。”Congratulations”と満面の笑みで言ってくれた。
卒業式が終わり、日本人留学生達と写真を撮る約束があったので、キャンパスセンターに行った。式は屋内であったため、外がこれほど暑いものとは思わなかった。黒いガウンを着ているせいもあるだろうが、とても暑かった。キャンパスセンターの中にある噴水の前で何枚かの写真をとった。
このあとすぐ学部でのレセプションがあったので、BAに行った。フルタイムMBAのレセプション会場に行くと、ケーキとシャンパンが用意してあり、かってに飲むようになっていた。学生の家族や友人達もこのレセプションに参加したため、ユカもここにいた。友達みんなにここでユカを紹介した。とりわけ喜んで話をしていたのはクリスだった。以前に、卒業式のユカがくる、彼女はクリスに会いたがっている、ということを話していたためだ。ベンのフィアンセと叔父さんにもここで会った。ここでモハン博士と話をした。会社に入ったら、連絡先を知らせるように、といわれた。それはもちろんのことだ。
そのあと、クリスと一緒にモハン博士のオフィスに行った。一応お礼と挨拶をしようと思っていったのだが、いつもと変わらない雰囲気の話をした。クリスが送ってくれるというので、また、モハン博士も帰るところだったので、一緒に駐車場まで行った。なぜか駐車場で、モハン博士のBMWとともに写真を撮り、ここで別れた。
クリスに家まで送ってもらった。今度の月曜日に最後の飲み会があるため、クリスとはまた会うことになるが、もしそこであえなかったら、ということで丁寧に挨拶をして別れた。
夜はアイコ/イッコウ邸でパーティをした。ユカは僕の部屋で寝ていた。疲れていることもあるだろうが、僕らの仲間の中に入ってきづらい雰囲気もあるのだろうか。
夜11時頃に帰った。明日はユカを送りにNYまでいく。
[PR]
by yskwtnb | 2004-05-26 13:28

5/13

グッゲンハイム美術館に行って買い物をしようとしたのだが、朝早く、Museum Shopは11時からだった。少し時間があったので、すぐ近くにあるメトロポリタン美術館に行った。2人とも学生であると申告し、学生料金を支払って入場した。そもそもここは入場料といわれるものはなく、Donationをすることによって中に入ることができる。しかしそのDonationには、目安の金額が設定されている。それが大人と学生ではだいぶ違う。二人とも学生であると申告したが、学生証を見せろとは言わない。
Wall Streetに行った。前回NY観光をしたときにもきたのだが、あの時は休日だったため、全く人がいなかった。今日は平日の昼間だったため、いかにもそれらしいビジネスマン達が闊歩していた。Wall Streetには、どこかに牡牛の像があると聞いていたのだが、前回来たときはそれがどこにあるのかわからず、結局今日もわからなかった。
バッテリーパークまで行き、沖に自由の女神を見た。今回は時間がないので島までは行かなかった。
[PR]
by yskwtnb | 2004-05-26 13:28

5/12

朝ご飯をベーグル屋で食べた。その前にいつもクリスと二人できていたSMBCのビルディングに行った。中に入れればいいのだが、セキュリティチェックがあるため、用がない人は入ることができない。
お昼過ぎのMTAに乗って楢木野の家まで行ってきた。今は結婚して藤原さんになっている。NYCまで来て一緒に遊ぶには、子供が小さすぎるようだ。Tuckahoeの駅前のアパートに住んでいるのだが、この駅前のイタリアンレストランで、ピザとサラダを買って彼女の家に行った。
子供は二人で、僕が聞いた限りでは英語を話すことはなかった。
夜ご飯をBrooklyn Dinerという少し高級なアメリカンダイナーで食べた。ハンバーガーとパスタを頼んだのだが、あまりにも量が多く、結局持ち帰ることにした。
夜、NYUの近くのバーにビールを飲みに行った。いろいろなビールがあったが、そのバーオリジナル(?)の地ビールを飲んだ。このバー近辺は夜になるとあまり治安がよいとは思えないところだった。
[PR]
by yskwtnb | 2004-05-26 13:28

5/11

ユカがニューヨークへやってきた。午後4時にニューアーク空港に到着だったのでAlbanyのバスターミナル11時半のバスに乗ってNYに向かった。ポートオーソリティにつくとあまりにも暑かった。今期一番ともいえる暑さだったので、たまらずにタイムズスクエアのGAPでポロシャツを一枚買った。昼ご飯を一人で吉野家で食べた。今日こそは、と思い、牛丼ではなく、照り焼きチキンどんぶりを食べた。
NewarkまではNJトランジットの電車で行った。いってみて思ったが、JFKよりも近くていくのが便利なところだ。
コンチネンタルの国際便到着はCターミナルだったので、エアトレインに乗ってCターミナルに行ったが、到着ゲートがどこなのかわからなかった。案内係の女性にたずねたら、僕の”Arrival”という言葉が通じなかった。単語が通じない、というのは久しぶりのことのような気がした。
成田からやってきたコンチネンタル8便は、定刻よりも早くにNewarkに到着した。到着ゲートで待っていると、見知らぬ日本人女性が話し掛けてきた。「ここの空港の税関は混んでいるんですか?」と聞かれたのだが、そんなこと僕にもわかるはずはない。
思ったより早めにユカは出てきて、一緒にNYのPenn Hotelまでいった。このホテルはPenn Stationの目の前にあるため、何かと便利だ。
NY最初のイベントはヤンキーススタジアムに行って野球観戦をすることだった。ヤンキースタジアムは、なにかと厳しいところだった。第一に、バッグをもって入場することができない。バックパックを持っていた僕は、球場の向かいにあるボウリング場で、荷物を預けなくてはならなかった。たくさんの人が荷物を預けるためにこのボウリング場に来ていた。
野球は途中途中で雨が降り、何度も中断した。結局待ちきれず、途中で球場を後にした。ホテルに戻ってわかったことだが、結局なんとかゲーム再開したらしい。しかしもし最後まで見ていたら、深夜2時頃まで球場にいなくてはならなかった。
[PR]
by yskwtnb | 2004-05-26 13:27

5/8

午前中にじゅんいちの友だちがやってきて、僕の部屋にあるいろいろなものを見に来た。彼女は(名前を聞くのを忘れた)関西外大の交換留学生で、いままでWaterburyに住んでいたのだが、来学期からオフキャンパスに住むらしい。僕はベッドと机と椅子を何とかしたいと思っていたので、ちょうどよかった。結局彼女が引き取ってくれることになった。
[PR]
by yskwtnb | 2004-05-26 13:27

5/7, we completed everything!!

フィールドプロジェクトのファイナルプレゼンテーションが終わった。これでこの学校のMBAプログラム、全てのアサインメントが終わった。
今日のプレゼンでは、僕とクリスは一番最初に発表するはずだったのだが、クラスルームに行くと、Peterが「クリスとヨシキは、3番目に発表してくれ。なぜならラクシュミ(モハン博士のファーストネーム)が遅れてくるからだ」と言った。僕らは、「彼女なしでもできますよ」と言ったが、だめだった。
発表はどうってことなかった。なぜなら、去年の12月にやったプレゼンとほとんど同じなようだったからだ。僕らのプレゼンにはJasonともう一人、来学期からSMBCのプロジェクトを引き継ぐMBA1年生たちが来ていた。Jasonはじつにナイスガイで、とてもフレンドリーに挨拶をした。
もはやみんなそれほどプレゼンに興味を持っていないようだった。本当にもう、クラス全体に卒業という雰囲気が漂い、他人のプレゼンなど気にもしていない。聞いてはいるが、意地悪な質問をしてやろうなどというやつは皆無だ。それをピーターも感じたのだろう、Q&Aの時間には、それぞれ一人ずつ質問を始める人を指名された。僕はSt. Petersのプロジェクトチームへの質問をすることになった。しかしどのチームも、指名された質問をする人以外は、誰も質問をしなかった。
11時半頃プレゼンが終わり、今日はモハン博士がランチに連れて行ってくれた。本当なら彼女がfaculty loungeと呼ぶ学校にあるサラダバーに連れて行かれるところだったが、あいにく今日は休みだったので、なんとかというダウンタウンにあるフレンチレストランに連れて行ってもらった。ここにはピーターたちのチームもきていたので、だいぶ大人数のランチになった。ペッパーを使ったチキンの料理を食べたのだが、なかなかのものだった。コロナビールも飲んだ。外で食べたのだが、とても天気がよかったのでだいぶ日焼けをするのではないかと思うほどだった。モハン博士は僕とクリス、アビジの3人にご馳走してくれた。モハン博士の分とあわせて、4人分で150ドルほどの支払いだったようだ。彼女はデルタ航空提携のアメリカンエキスプレスカードで支払いをしていた。こういうところでもしっかりとマイルをためている。
夕方、サンジェイ主催の飲み会があり、Sutter’sに行った。昨日の飲み会とは違い、MISのやつらだけの飲み会だったため、人数は少なかった。しかし今日のビールはサム・アダムスで、少しいいビールを飲んだ。バギャはうまれてはじめてビールを飲む、といって口をつけたが、まずい、と言っていた。しかしなんとか2杯、飲み干していた。
昨日の飲み会も今日も、みんなが写真をとってくれている。いずれくれるだろう。
[PR]
by yskwtnb | 2004-05-09 00:53

5/6, I love the MBA Class of 2004!

昨日夜ごはんを食べながらビールを飲んだので、朝の寝起きがよくなかった。酒を飲むとすぐ眠くなるが、僕の場合ねむりが浅くなる。その結果朝起きてもすっきりしないことが多い。
昼に学校に行った。明日はプレゼンテーションがあるため、その準備をしようと思っていたのだ。クリスと二人で発表するが、特に彼と会う約束はなかった。なかったのだがいつものラボに行くと、クリスがいた。しばらくIBMのことを話していていた。
サイエンスライブラリで勉強をし、6時に家に戻った。7時からHappy Hourだったためだ。
Happy Hourは、とても楽しかった。たくさんの写真を撮った。僕はカメラを持っていかなかったが、みんなが撮ってくれたので、近いうちにもらうことができるだろう。クリスとアビジと3人で写真を撮り、その写真のタイトルはThree Victims(三人の被害者達:注)僕ら三人はモハン博士と直接の係わり合いがある)とした。バニーは妹を連れてきた。彼女は少し日本語を話すことができた。4年間日本語を勉強していた、と言っていた。
だいぶ飲んだが、明日はプレゼンがあり、僕らが最初に発表するチームだ。しかしもはやどのチームも、プレゼンのことなど気にしていない。明日も飲み会がある。
[PR]
by yskwtnb | 2004-05-07 19:41