4/7

朝起きてまず、Berkeleyに行った。サンフランシスコからは電車ですぐだが、街の雰囲気はずいぶん違う。電車に乗っていて思ったが、オークランド側の海岸は、工業港だった。サンフランシスコは漁港というイメージだが、こちら側は工場やらクレーンやらアムトラックの駅やらがたくさんあった。
UC Berkeleyに行ってみた。おそらく公立大学としては、世界最高の大学のひとつだろう。モハン博士が修士を取ったのもこの大学だ。とても広いキャンパスに、あまり大きくない建物が点在している。図書館でインターネットを、と思ったが、学生ID番号がないと使うことができなかった。昨日買った絵葉書を、Berkeleyの校舎でポストに投函した。特にここで出す必要はなかったのだが、ポストを見るけることができなく、この学校でようやく見つけたのだ。
Castro Streetというゲイの町に行ってみた。確かに、ゲイのシンボルである虹の旗がいたるところにはためいていた。男同士手をつないでいる人もけっこういて、何より興味深かったのはそこにある店だった。レンタルビデオ店では、屈強な男がブリーフ一枚で、腕を組んで微笑んでいるポスターを外に向かって掲示していた。
サンフランシスコに戻り、トラベラーズチェックをキャッシュに替えてもらおうと思い、Bank of Americaの支店に入った。パウエルストリートに大きな看板が出ていた。店に入ると女性行員がすぐに話しかけてきて用件を聞かれた。チェックをキャッシュにしたい、というと、窓口に案内された。窓口の女性はどう見ても中国人、英語もそれほど上手とはいえなかった。場所柄中国語を話せことができる人が必要なのかもしれない。40ドルを現金にしてもらおうと思ってそのことを告げると、4%の手数料が必要だと言う。トラベラーズチェックを現金化するのに、アメリカのサンフランシスコで手数料がかかるというのはどうしても納得できなかった。しかもバンカメで手数料がかかるということが気に喰わなく、「なんで?」と聞いたら、「マスターカードのチェックだから」、とわかるようなわからないような答えが返ってきた。「隣の銀行なら手数料がかからないよ」と言われ、結局バンカメではキャッシュせずに、隣のCalifornia Savingという銀行に行った。確かにここでは40ドルの現金をそのままくれた。40ドルの4%だから1.6ドルでしかないが、それを払うのもなんだか嫌だった。
今日の昼ご飯はカニと決めていた。サンフランシスコといえばカニ、というわけで再びフィッシャーマンズワーフに行こうと思ってケーブルカーに乗ろうとしたら、長蛇の列だった。いつでも混んでいると聞いていたが、実は昨日はそれほど混んでいなかったのだ。待っているのもバカらしいので、バスで行くことにした。パスポートが大活躍していた。
フィッシャーマンズワーフでは屋台でカニを売っている。何を食べようか悩みながら歩いていると、二軒の屋台がやかましく客引きをしていた。ひとつの店は中米系の男が客に盛んにカニを勧めている。他方の店は中国人だろうか、やはり大声を上げてカニを売っている。双方とも、相手の店よりもおいしいのはうちだ、といって声を張り上げていた。面白くてしばらく見ていたが、よく見ると売っているものは全く同じ、値段も同じだ。経営が一緒なのかどうかは知らないが、ともかくここのどちらかで買おうと思った。Crab Sandwichを食べた。サワドーにカニがぎっしり詰まっている。カニはマヨネーズで味付けしてあるだけ、それがパンに挟まっているのだ。カニは量にして、おそらく、日本でいうカニ缶2缶分以上はあっただろう。
有名な坂道を見に行った。サンフランシスコは坂道が多いが、その中でも特に急な坂道があり、”Crookedest Streer”と呼ばれている。急すぎるため、クルマがまっすぐには降りられず、曲がりくねった道になっている。フィッシャーマンズワーフから近いと思って歩いていった。確かに距離は近いのだが、坂が多くて疲れた。気温もだいぶ高かったし、のどが渇いてきた。
ユニオンスクエア周辺に戻り、Levi’s Plaza周辺に行った。ここに行くのにはストリートカーに乗っていった。これは、見た目はレールの上を走っているために、ケーブルカーと似ているが、違うものだ。Levi’s Plazaには特に目を見張るものはなかった。
のどが渇いていたのでアイスを食べた。チョコアイスだったのだが、結局余計にのどが渇いてくるほど甘かった。
晩御飯、タイのヌードルの店に行った。辛い、といわれたので覚悟して食べたが、それほどでもなかった。
二日間歩きつづけ、だいぶ足が痛くなってきていた。
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# by yskwtnb | 2004-04-10 03:55

4/6

サンフランシスコでの頼りといえば、じゅんいちに借りてきた「地球の歩き方アメリカ版」だった。サンフランシスコに関する情報は10ページほどしかなく、そのざっくばらんな地図が頼りだった。
まずMuniと呼ばれる公共交通機関のフリーパスポートを購入した。いろいろな情報から、このパスポートではケーブルカーに乗れない、ということを知っていたが、事実は異なった。現段階で、Muniのパスポートでケーブルカーに乗れる。
フィッシャーマンズワーフ周辺のPier41からアルカトラズ島にいった。Powell St.から桟橋近辺までケーブルカーに乗った。確かにサンフランシスコは坂が多い。それも傾斜が異常なまでに急なのだ。よくこんな坂に家を建てるものだ、と思うほどの家が多かった。
桟橋につくと、朝一番の船に乗ろうとチケットを求める人の列ができていた。僕はインターネットであらかじめ購入していたため、その列に並ぶ必要はなかったが、何らかの方法でそのチケットを入手しなければならない。あたりを見回すと、”Prepaid tickets”と書かれたサインボードがあった。その窓口は、朝早いために、まだしまっていた。しかしその隣に”Get prepaid tickets here”と看板がついた小さな自動販売機のような機械があった。クレジットカードをスワイプしろ、と書いてあったので、インターネットで購入するときに使ったカードをスワイプすると、一瞬にして「チケットが見つかりました」と表示され、乗船券が発行された。僕のクレジットカードの情報でデータベースを検索しているのだ。とても優れたシステムだった。
早くにきてしまったため、少し散歩をした。海からヘンな鳴き声がすると思ってみてみると、アザラシの群れが昼寝をしていた。ガイドブックで見たことがあったが、Pier39近くでは、アザラシが昼寝をしている。本当にたくさんの野生のアザラシだ。それにしても重くないのだろうか、お互い重なりあって寝ている。なんとものんきな姿だ。
僕の乗る船は10時15分、これはインターネットで予約したときには朝一番の船のはずだったが、9時半という船があった。しかし僕のチケットには10時15分とあるため、この朝一番には乗れない、といわれた。待つのは面倒くさいな、と思っていたが、s肩がないのでの船に乗る場所付近でうろうろしていたところ、9時半乗船の人たちだけでなく、チケットを持っている人なら今乗っても構わないぞ、と係員が叫んでいたので、すかさず乗り込んだ。朝一番の船には多少余裕があったのだろう。
アルカトラズ島まではほんの5~10分ほどでついた。昔の連邦の刑務所だったらしいが、外から見るとそれほど隔離された雰囲気はない。サンフランシスコから見えるし、この日はあまり潮の流れも速く見えなかった。しかし「泳いで逃げることは不可能」といわれていたらしく、凶悪犯の刑務所になっていたらしい。今では観光地になっている。
島の中ではレンジャーが簡単な説明をしてくれた。「アルカトラズ島からの脱出」という映画もあるようだが、それの題材になった脱走の様子の説明をしてくれた。
刑務所の施設はオーディオツアーで歩いて回った。日本語も利用できるため、とてもわかりやすい。アル・カポネが収監されていた部屋なども見ることができた。レンジャーについていったら、牢屋に入ってもよい、といわれたので入ってみた。そこは普通の部屋と違い、真っ暗闇になる部屋だった。何人かで入ったが、完全に暗い。そんなところに閉じ込められたら気が狂いそうだ。
アルカトラズ島から戻り、Pier39で昼ご飯を食べた。ここは完全に観光地となっていて、あまりフィッシャーマンズワーフの雰囲気はない。カナダからって来たという高校生のブラスバンドが演奏をしていた。聞くに堪えない技術だった。ここでSourdoughを食べた。サンフランシスコ名物(?)のちょっと酸味があるパンだ。店に入り注文するときに「はじめて食べるからどうやって注文していいのかわからないんだけど・・・」と店員に尋ねると、ちょっとまて、といって彼はパンのかけらを持ってきた。「こういうパンだ、食べてみてくれ」という。たしかに少し酸味がある。しかしまずいとか奇妙な味がするとかそういったことはなかったので、サンドイッチにして食べることにした。それにしても親切な店員だった。この店員だけでなく、この店は店員全員が機敏に動いていて、アメリカにしては珍しかった。
Golden Gate Bridgeに行った。Fisherman’s Wharfから自転車をレンタルして行こうかとも思ったが、疲れそうなのでバスでいった。橋のたもとでバスを降り、金門橋を眺めた。たかが橋、と思っていたが、なるほど、とても美しい橋だった。空は濃い青、橋は赤、後ろの山は緑色で、その色がきれいだと思った。歩いてわたると40分かかると言われたが、行ってみようと思って歩き始めた。だが風が強いし、先は長いし、一つ目の柱のところまで行き、引き返してきた。
ジャパンタウンに行ってきた。もっと盛んな町を想像していたが、なんとも寂れたところだった。紀伊国屋書店などがあり、帰りの飛行機の暇つぶしに読もうと思い吉川栄治の「宮本武蔵」一巻を買った。
ユニオンスクエアに行った。ここがサンフランシスコの中心ということだが、どこのアメリカの都市にもあるようなものがあった。ディズニーストア、ナイキタウン、Macy’s、などなど。これらのようなものは別段珍しくもないし、むしろアメリカの都市も同一化しているのかな、と少し興ざめな感じもした。
晩御飯にステーキを食べた。名前を忘れたが、カフェテリア方式の店だった。どれくらいの大きさの肉かわからなかったので聞いてみた。「どれくらい大きいの?」と聞くとまだ焼いていない肉を持ってきて見せてくれた。非常に大きい。食べきれるか不安なほどだが、それを頼んだ。大きなアイダホポテトとガーリックトーストもついていた。
夕方になり、もう一度フィッシャーマンズワーフに行った。ケーブルカーに乗ったのだが、朝とは違う道を通っていった。特に用はなかったので、しばらくぶらぶらしてダウンタウンに帰ってきた。
パウエルストリート近くのコンビニでビールを買った。一番絞りがあったのでそれを買い、部屋に戻った。本来ここは禁酒なのだが、荷物をチェックするわけではないので、一人で飲む分には何ら問題なかった。ちなみに禁煙ではなかった。
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# by yskwtnb | 2004-04-10 03:28

4/5

サンフランシスコに向けて出発した。昨日の夜何も準備をしていなかったため、朝起きてから支度をした。しかしたかが三泊の旅行、バックパックだけで十分だった。
1時21分の飛行機に乗るため、じゅんいちに空港まで送ってもらった。空港までは家からクルマで15分ほどで、それほど遠くはない。
空港につくといつものとおり、チェックインをするのだが、チェックインはすでにオンラインで済ませていた。しかしなぜか搭乗券の印刷の仕方がわからず、結局カウンターでe>ticket(デルタ航空はこのように表記する)を見せなければならなかった。カウンターの女性は、すでにチェックイン済みであることを僕に告げたが、搭乗券を持っていないことを説明すると、すぐに新しいものを用意してくれた。
Albany空港は非常に小さな空港だ。もっとも、アメリカの地方都市の空港はこんなものなのだろう。これでも一応国際空港だ。
手荷物検査を受け、搭乗口に向かったが、何せ早すぎた。チェックインにも手荷物検査にも、ほとんど時間がかからなかった。さすがAlbanyだ。時間があるし、昼ご飯時だったので、マクドナルドで昼食を取った。食べている間、Jeffがいないかな、と思ってあたりに気を配っていた。Jeffは去年の夏からNorth West Airlineの地上職員のマネージャーとしてAlbany空港で働いている。そのためフルタイムからパートタイムのMBAに転向した。しばらくすると遠くに彼の姿を認めた。小さな空港だからそれも可能だった。
飛行機は定刻どおりに出発した。
シンシナティで乗り換える必要があり、最初の飛行機は2時間ほどの飛行時間だった。2時間だとあっという間だ。水平飛行に入ったと思うと、飲み物のサービスがはじまり、そうかと思うともう着陸態勢に入る、そんな感じだ。この飛行機はそれほど混んではいなく、僕は3列シートの廊下側に座っていたが、隣には誰もいなかった。それほど大きな飛行機ではなく、モニタ画面が全くない飛行機だったため、安全情報の案内のとき、フライトアテンダントが直接酸素吸入器をもって説明し、非常口を指差し、全てモニタ画面なしで説明をしていた。
シンシナティはオハイオ州ということだが、空港がある場所はケンタッキー州ということだった。とても広い空港でターミナルビルもきれいで、Albanyとは大違い、さすがはデルタ航空のハブ空港、と思った。窓から外を見ると、まるでアトランタのように、デルタ航空の飛行機ばかりが目に付いた。ケンタッキーはそれほど南ではないが、それでも外の日差しは強く思えた。飛行機によって作られている影がとても濃かった。うすでのジャケットを着ていったのだが、ここでもうすでに暑くて必要がなかった。サンフランシスコでは尚のこと、必要ないのだろう、とこのとき思った。
この空港、ちょっと見回してみると、アジア人が非常に少ないことに気付いた。理由はわからない。しかし少ないのは事実だった。
スムーズにサンフランシスコ行きの飛行機に乗り換えた。今度は比較的新しい飛行機だったが、やはりそれほど混んではいなかった。3列席に座ったが、3つの席を一人で使うことができた。この飛行機でも出してくれるのは飲み物だけで、食べ物は購入しなければならない。日本行きなど長距離国際線は違うのだろうが、長距離でもアメリカ国内線だと食事を出さなくなっているのだ。航空会社もコスト削減に躍起なのだ。
サンフランシスコはシンシナティから5時間でついた。空港はダウンタウンから離れた場所にあるため、BARTと呼ばれる電車に乗る必要があったのだが、これがわかりづらい場所にあった。第一、Air Trainという空港内を行き来しているモノレールに乗るためには、ターミナルビルをいったん出て、駐車場のなかを横切り、そうしてやっとモノレールの駅に到着する。駐車場を通り抜ける、というのが非常にわかりづらかった。
BARTの駅についても、人が少なくて困惑した。切符の買い方もわからないし、駅員を探すのにも苦労したが、それほど難しいことではなかった。
泊まる場所はCivic Center駅の近くにあるYMCAだった。なんとか暗くなる前に到着したかった。時間は8時頃だったが、夏時間になったおかげでまだ多少明るかった。
Civic Centerの駅を降りて思った。あまり治安がよい場所ではない。浮浪者が多いし、用もないのに駅までたむろしている若者が多い。それもほとんどが黒人だ。彼らの前を通ると、マリファナの匂いがした。もっともそれはあまり珍しいものではないが。その中をYMCA目指して歩いた。場所を探している態度は見せず、目的地に向かってまっすぐ歩いているように見えるように心がけて歩いたが、実のところ場所はよくわかっていなかったので、2度同じ場所を歩いた。その間何度となく浮浪者に声をかけられたが無視した。結局、駅からすぐ近くだった。YMCAの建物の中に入るともう安心だ。純粋なホテルとは違うが、一種の宗教的な慈善団体でもあり、スポーツクラブでもあるYMCAの受付には、フレンドリーで屈強な男が受付にいた。予約をしてあることを告げると、すぐに部屋の鍵とテレビのリモコンを貸してくれた。クレジットカードで払っているにもかかわらず、20ドルのセキュリティディポジットが必要で、チェックアウトの際にリファンドすると言われた。それではクレジットカードの意味がない。
おなかがすいたので、何か食べに行こうと思い、外に出た。駅前になにやら食べ物屋があったのでその周辺に行き、気楽なメキシコ料理やでタコスを食べた。このときすでに9時半頃、時差があるためにまだその時間だったが、Albanyでは夜の12時半だ。眠くなるもの当然、部屋に戻って寝た。
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# by yskwtnb | 2004-04-10 03:08

4/4

今日から夏時間になった。朝起きてパソコンを立ち上げたら一時間ずれていたので何か設定をいじくってしまったのかと思ってタイムゾーンを確認してみたが、ちゃんと東海岸時間になっていた。Daylight Savingが始まったことを全くわかっていなかった。
Albanyもだいぶ暖かくなってきたのだが、日本ほどではないだろう。今日は曇りで、外は強い風が吹いている。
久しぶりに洗濯をした。午前中にランドリーに行くととてもすいている。混んでいても洗濯機が使えないなんていうことはないが、すいているほうが気分がよい。見るからに中国人風の男がすでに洗濯が終わり、乾燥機からソックスを取り出していたが、全て同じ白のソックスで、大げさではなく、50足くらいあったように思う。彼はそれを全て丁寧に二つ一組にし、黒いごみ袋のような袋にしまいこんでいた。
明日サンフランシスコに行くが、今の段階で何も準備をしていない。家を出るのはおそらく11時頃、飛行機は1時21分発のシンシナティ行きだ。シンシナティで乗り換え、サンフランシスコまで行く。Albanyから直行でいけるところなど、大きな近くの空港ばかりだ。Int’l Airportという名前がついているが、果たしてどこの外国へいけるのだろうか。
明日出かけるが、家を出るのが遅いため、まだ何も準備をしていない。明日朝起きてからで十分だろうからだ。
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# by yskwtnb | 2004-04-05 11:23

4/3

郡山のおじいちゃんがなくなったのが去年の今日だったと記憶している。一年とは早いものだ。
部屋から出たのもトイレとご飯のときだけであるほど、寝ていた。調子が悪いわけではないが(実際今日は一日熱が出なかった)、休もうと思っていたからだ。よって日記として書くことはほとんど何もない。
おととい、Yahoo! Comicというのを試しで購入してみた。さいとうたかをセレクション、というのがあり、ゴルゴ13はないが、なかなか面白いマンガがあった。それを読んでいたのだが、けっこう量があり、なかなか読み終わらない。こんなものがインターネット経由で読めるということは、10年前の留学生には想像もつかないことだろう。
2月25日に高熱でAlbany MedのERに行ったときの請求書がなかなかこないことに最近疑問を感じていた。ERというのは異常なまでに診察費が高いということを聞いていたし、しかし保険がきくはずなのでそれほど心配していなかった。しかしながら人によってはERは保険がきかない、などという人もいた。それは信じていなかったが。
以前ゆうこちゃんが飲みすぎて脱水症状になり、ERに行ったとき、送られてきた請求金額が500ドルほどだったそうだ。しかも症状の原因が「飲みすぎ」だったがために保険でカバーされなかった、と聞いた。僕はどうなるのかと思っていたのだが今日、保険会社から手紙が来た。なんと保険により全額カバー、僕の負担はゼロだ。しかしこれは僕には理解ができない点がいくつかある。第一に、僕らの保険は免責金額が100ドルだ。100ドルまでは自己負担で、そこから先の金額について、保険でカバーされるのが基本のはずだ。だから100ドルの請求が来ることは覚悟していた。しかしその部分すら保険でまかなわれていた。第二に、請求金額が150ドル。これは安すぎる気がする。これが日本だとしたら、為替レートを1ドル100円として、自己負担4、500円の医療サービスを受けたことと同じことだ。深夜に2人の医者と3人の看護婦による診察を受け、1時間にわたる血液検査、そして二杯のりんごジュースとタイレノール。これらの対価としては安いような気がする。そして最後に一番わからないのが、”discount”。150ドルが病院から請求されているが、55.83ドルが割引されている。病院で割引がきくのだろうか?
わからないことだらけだが、とにかく僕の支払い金額の欄には0ドル、と記入されている。
明日こそは部屋の掃除と洗濯をする。
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# by yskwtnb | 2004-04-04 11:55

4/2

朝起きて熱を計ったら36度くらいだったので、多少安心した。しかしNYから帰ってきてこの日記を書いている今、37.8度ある。これほどしつこい発熱は今まで記憶にない。タイレノールを飲めば抑えることができるが、根本的な解決にはなっていないと思う。
朝7時55分の電車に乗るためにおきて、いつものとおりタクシーを呼んだ。電話でタクシーを呼ぶ、ということは以前はけっこう嫌だった。必ず「どこに行くのか」と効かれるため、「Amtrak Station」と言わなくてはならない。最初に電話したときまさ日本語風に「アムトラック」と言ったら通じなかった。「アェムチュラック」という感じの発音が一番通じる。
一枚プリントをしなくてはならないものがあったのだが、あいにく僕のプリンタはインク切れだったのでじゅんいちに頼んでプリントしてもらった。7時前だというのに彼は起きていて、西武ロッテ戦のラジオ中継を聞いていた。インターネット経由でラジオが聞けるご時世なのだ。このときじゅんいちから、「地球の歩き方”アラスカ”」を買ってきてくれ、と頼まれた。僕らが働いているSMBCから紀伊国屋書店まではすぐ近くなので、引き受けた。熱はなかったのだが、念のためタイレノールを飲み、今日の分をもって出かけた。これはよい判断だった。
いつものとおり一時間した時点でクリスが乗ってきた。彼は明日からメキシコのカンクンに行く。大荷物で現れると思っていたら、少なかったのでなぜか聞いたら、もうすでに今日泊まる家の友達が荷物を持っていってくれた、と言っていた。電車の中ではわれわれのMBAプログラムの批判と、教授陣の批判、そして仲間達の就職活動状況について話をしていた。いまやどこの大学でも就職は厳しいのだろうが、その中でもわれわれは頑張っているほうだと、僕は思うのだが、どうもクリスはそう思っていないようだ。もっと教授陣、学校側からのサポートがあるべきだ、と主張していた。
マディソンスクエア前のタクシー乗り場は、おそらくはじめてであろう、タクシーが待っていた。いつもは順番待ちの長い列ができている。予定の11時の15分前についた。
今日はジャックと会う予定はなく、ソナリと打ち合わせがあるだけだった。それだけならわざわざいかなくてもよさそうなものだが、ソナリと会うとなるとクリスが俄然張り切る。実際今日、仕事の話は終わったのに、無駄話をはじめて、なかなかクリスは帰ろうとしなかった。
今日はソナリのデスクで3人で話した。クリスの隣の席はケビン、すぐ近くにはナンシーの席があった。情報システム部だけあって、日本人は一人もお目にかからなかった。
途中で寒くなってきた。おそらくクスリが切れたのだろう。このタイレノールはわかりやすい。きっちり5時間くらいで効き目が切れる。黙ってうつむいていたら、ソナリが、大丈夫?と聞いてきた。クリスが、「今日はヨシキ、調子が悪いんだ」と言ってくれた。ソナリはそれなら無理してこなくてもよかったのに、といい、なにか暖かいものでも飲もうと言って、日本でいう給茶機のある休憩所に行った。ホットチョコレートがあったのでそれを飲んだ。無料というのはうれしい。
SMBCを出たとき1時過ぎくらいだった。僕はじゅんいちに頼まれていた本を買うためにロックフェラーセンターに向かい、クリスは直接友達のいるホーボーケンへ行った。別れ際、お互いに楽しんでこいよ、と言い合い、僕はクリスに、よい写真を撮ってこいよ、帰ったら見せてくれ、と頼んだら笑っていた。スプリングブレイクのカンクンの写真というのは、非常に興味ある。
昼ご飯に吉野屋に行った。いまや日本では食べられない吉野家の牛丼を食べた。ここで食べていて思ったが、食べている客を観察すると、アジア人、黒人、白人、それぞれが1/3ずつくらい、均等にいるような感じだ。今日帰ってきてそのことをじゅんいちに話したら、「安いからでしょ」といっていた。なんともつまらない回答だと思った。僕としては、日本の牛丼がいろいろな人種の人に食べられているということをうれしく思う。隣で一心不乱に食べていた白人のおじさんは、食べ始める前にしょうゆをかけていた。彼がどう思って食べているか、聞いてみたいとも思った。ここにいるみんなが、ただ単に安いから食べている、とは思いたくない。
紀伊国屋書店で地球の歩き方を買い、そのあとBook Offに行った。ここではあるかぎりのバガボンドを立ち読みした。読み終わり、トイレに行きたくなったのですぐ近くにある公立図書館のトイレに行った。ここでは相変わらず手荷物チェックが行われていた。入り口付近で「ロシアの歴史展」のようなものが行われていたので入ろうとしたら、荷物を預けてきてくれ、といわれたので、仕方なく預けた。ネクタイをしていると知らない人に話し掛けれるとき’”Sir”付きで呼ばれることが多い。このときもそうだった。
Albanyに帰ろうと思い、Pennに向けて歩き始めた。タイムズスクエアの近くで、黒人3人組がポリバケツを叩いて演奏をしていた。とても上手で、しばらく立ち止まって聞いていた。
Ernst & Youngの本社ビルを眺めながらタイムズスクエアを通り過ぎ、ペンステーションまで歩いた。ペンの手前にあったファーマシーストアでタイレノールを買った。もうすぐなくなりそうだったし、頭痛発熱のとき、これが僕には一番効く。常備薬として最適だ。日本に帰るときも買って帰ろうと思う。タイレノールと言ってもいろいろ種類があり、量も違う。200錠入り、なんていうものもあったが、いまのところそんなに必要ないので、24錠入りを買ってきた。3ドルちょっとなので、けっこう安い。
ペンステーションで電車を待っている間、少し時間があったので日本のユカに電話してみた。以前日本を出発するときにもらったフォンカードの残高がまだ残っている。日本時間は6時過ぎだったが、土曜日だからそれほど忙しくはないだろうと思って電話した。
帰りの電車でクスリが切れてきて少し悪寒がした。それほどひどくはないし、何か食べてからクスリが飲みたかったので、家に帰るまでクスリは飲まなかった。
今こうして日記を書いているが、フリースを二枚着て、とても暑い。だいぶ汗をかいている。こうしているとラクだ。早く直さないと、サンフランシスコも危うい。もっとも、もし最悪いけなくなったとしても、航空券は無料だったから、損害はない。
明日は土曜日、ゆっくり休む。
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# by yskwtnb | 2004-04-03 12:19

4/1

学校に行かずに家で休んでいた。明日NYに行かなくてはならないし、来週はサンフランシスコに行く。無理はしたくなかった。外は朝から雨が降っている。
朝起きて、熱を計ったら37.5度くらいだった。クスリをのんでもう一度寝た。汗をかきすぎて、暑くて目がさめた。着替えてもう一度寝た。
昼ご飯としてお茶漬けを食べた。朝は牛乳を飲んだだけでまた寝たので、今日はじめて食べたものがお茶漬けだった。午後は勉強したり、寝たりしていた。
夕方になった、家賃を払わなくてはならず、ポストに投函しに行った。ポストは家のすぐ前にある。ずっと自分の部屋にいると気が滅入るので、気分転換に外に出た。もっとも投函したらすぐに帰ってきたが。
今夜の7時、明日はNYのSMBCに行かなくてはならないので、その準備をしている。Albanyを8時の電車に乗るので、少しはラクだ。今まで何度か7時の電車に乗ったことがあるが、これだとだいぶ早くに起きなくてはならないが、8時だとまあ少し余裕がある。
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# by yskwtnb | 2004-04-02 12:12

3/31

去年の今日、日本に帰る飛行機のチケットを予約した。去年はSARSとイラク戦争で、航空運賃が非常に安かったのだ。
11時にモハン博士とのミーティングがあった。少しだけ話をし、4時にもう一度来るように、ということになった。
ファイナンスではクイズがあるはずだったが、教授の都合でなくなった。教授は月曜日に提出したペーパーの採点を先にやったようで、その結果クイズの用意ができなかったと言っていた。ペーパーを返すとき、教授はひとりひとりのそばまで行って手渡す。クラスには中国人がたくさんいるのだが、名前を覚えるのに苦労しているようだ。僕の名前はすでに覚えてくれている。ペーパーを僕に渡すとき、「日本におけるeBayの記述がとてもよかった。こういうことはクラスディスカッションの中で話さなくてはだめだ」と言われた。僕の名前を覚えていただけでなく、ペーパーの内容まで覚えていたのだ。もっとも、たくさん添削されていた。しかし点数は15点満点で14点。前回は13.5点だったので、少し進歩している。
授業が終わって少し熱っぽいので、キャンパスセンターに行って解熱剤を買ってきた。解熱鎮痛剤というと、女の子のほうがくわしいだろう、以前にけいこちゃんがおすすめしてくれた解熱剤があったのでそれを買って飲んでみた。飲んで30分くらいすると汗が出てきた。薬が効いている間は非常に楽になる。
夜のクラスは相変わらずだった。つまらない。ピザが用意してあるから休憩時間に食べにいけ、と言われていったのだが、用意されていたのはベーグルだった。夜にベーグルなど食べる気がしないが、一応ひとつもらっておいた。
今日は調子が悪くなったら早退するつもりでいたが、結局最後までいた。朝熱を測ったら37.6度、帰ってきて計っても同じ体温だった。
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# by yskwtnb | 2004-04-01 12:01

3/30

朝タイレノールを飲んで出かけた。熱がまだ37度ちょうどあったためだ。
昨日クリスはNYに行ったのだが、電車が遅れて大変だったことをモハン博士から聞いていた。今朝会うなりクリスに聞いてみたら、SMBCについたのは3時だったらしい。4時からジャックに会う予定だったらしいが、それも5時になり、5時45分の電車に乗ろうとしていたクリスは次の電車まで待たなくてはならなかったそうだ。結局家に着いたのが10時頃だったと言っていた。
授業でJavaを使ってプログラムをしていたのだが、どうもうまくいかない。3ジェイに質問してもどこが悪いのかなかなかわからず、苦労した。
授業が終わったらすぐに帰ってきた。
アメリカンエキスプレスが中国でクレジットカードを発行するらしい。提携するのは中国工商銀行、中国の四大国有銀行のひとつで、中国全土に支店が24,000!これにはびっくりした。
帰ってきて、まだ熱がすこしあったが、明日の宿題をやらねばらなず、それをともかくも終わらせた。
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# by yskwtnb | 2004-04-01 11:51

3/29

今週が終わるといよいよスプリングブレイクだ。サンフランシスコが待っている。
11時にマットとマイクに会うために学校に行った。データベースについてのミーティングだったのだが、フィールドプロジェクトに行っているクリスティはこられなかった。今日は僕は授業があったので行かなかったが、クリスが一人でSMBCに行っている。彼にはいろいろと苦労をかけて申し訳なく思う。
データベースのミーティングで、なぜかJavaを使ってデータベースを作らなければならず、みんなその点を批判している。Javaを使うのだが、結局はアクセスで作るのだ。いわばJavaを使って、エクセルのセルに数字を入力するようなプログラムを書いているのと同じだ。アクセスを直接使ったほうがはるかに早い。もっとも、このプロジェクトの目的はJavaを使う、ということもあるので、こういっためんどくさいことをさせられるのだろう。
授業では今日提出のeBayのケースについてディスカッションした。さすがにケースを何度も読み、8ページのペーパーを書いた後では、議論の内容がよくわかる。相当念入りな予習をしたのと同じ効果がある。
授業が終わったあと、モハン博士の部屋に寄った。今日はクリスがひとりでSMBCに行っているので、しかもモハン博士は今日2時からジャックと電話をすると言っていたので、様子を聞きに行った。そこで知ったことだが、電車が遅れてクリスがまだNYについていないと言うのだ。そのときすでに午後3時。クリスは1時にソナリと会う約束をしていた。アムトラックでは電車が遅れるなんていうことはあたりまえなのだが、実際に遅れるとこういった仕事の場合困るだろう。そういえば昨日ヤンキース巨人戦を見ていたら、コメンテイターがこう言っていた。「日本の電車は秒単位の正確さでやってくる。だからプロ野球選手も電車で移動することが多い。」アメリカでは電車はそれほど信頼の置ける乗り物ではないのだろう。去年の春学期、Dr. Bussがスイスに仕事で行ったときの話で、「チューリッヒで地下鉄に乗ろうと待っていたら、構内放送が入った。ドイツ語だったのでわからなかったが、人に聞いたら、電車が3分遅れる、という放送だったらしい。それを聞いて電車を待っている人たちは一様に怒っていた」これを聞いたクラスメート達は声を出して笑っていた。しかし日本でも3分遅れる、と放送が入ったら、怒る人も多いことだろう。
なんとなく体が痛いので熱を測ってみたら37度ちょうどだった。タイレノールを飲んで寝ることにする。
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# by yskwtnb | 2004-03-30 21:34